幸せを、少しだけ会計の視点で考えてみる
すべての人にとって、人生の最終目的は「幸せ」ではないかと思います。もちろん、何を幸せと感じるかは人によって違います。仕事で成果を出すことに幸せを感じる人もいれば、家族と穏やかに過ごすことに幸せを感じる人もいます。学び続けること、人の役に立つこと、自由に働くこと、安心して暮らすこと。幸せの形は一つではありません。
ただ、幸せについて考えようとすると、どうしても話が抽象的になります。「自分らしく生きたい」「不安なく暮らしたい」「人とのつながりを大切にしたい」と思っていても、それをどう整理すればよいのかは簡単ではありません。
私がキャリアデザインや人間の幸せについて考えてきた中で、ふと感じたのが、幸せは経営で使うバランスシートに似ているのではないか、ということでした。
会社のバランスシートは、資産、負債、純資産で会社の状態を見ます。それと同じように、人生の幸せも「自分が持っているもの」「人から借りている力」「自分自身の土台」に分けて考えると、今の状態が見えやすくなります。これが、私の考える「幸せのバランスシート」です。
幸せのバランスシートとは
バランスシートは、一般的には会社の財政状態を表すものです。資産があり、負債があり、その差として純資産があります。これを人生に置き換えると、少し違った見え方になります。
幸せのバランスシートでは、資産は「自分にとって幸せとして得たいもの」です。心の平穏、愛、時間、人とのつながり、可処分所得、衣食住などが入ります。何を資産と考えるかは、人によって違います。
負債は、ここでは悪い意味ではありません。自分一人では手に入れられない幸せを支えてくれている、人から借りている力だと考えます。家族、親友、知人、仕事仲間、先輩、同僚、後輩など、自分の人生を支えてくれている関係性です。
純資産は、自分自身の中にある力です。知識、体力、性格、特技、経験、習慣、貯金など、自分に残っていて、すぐには失われにくいものです。
このように考えると、幸せは自分一人で完結するものではないことが分かります。自分の力だけで幸せをつくろうとすると限界があります。一方で、人の助けだけに頼りすぎても不安定になります。自分の力と、人から受けている支え、その結果として得たい幸せのバランスを見ることが大切です。

「負債」は悪いものではなく、人から借りている力
人生に「負債」という言葉を使うと、少し違和感があるかもしれません。家族や友人を負債と表現するのは、冷たく感じる人もいると思います。
しかし、ここでいう負債は、借金のように悪いものという意味ではありません。むしろ、人から受けている支え、応援、期待、信頼のことです。
家族に支えてもらっている。友人に話を聞いてもらっている。仕事仲間に助けてもらっている。先輩から知恵を借りている。後輩から刺激をもらっている。こうしたものは、自分一人では生み出せない大切な力です。
ただし、借りている力である以上、返さないままにしていると関係は弱くなります。感謝を伝える、約束を守る、困った時に今度はこちらが支える。そうしたやり取りがあって、負債は重荷ではなく、人生を支える力になります。
人は一人では生きられません。だからこそ、自分を支えてくれている人を具体的に書き出してみることには意味があります。誰が自分にどのような力を貸してくれているのかを見える化すると、自分の幸せが多くの関係性に支えられていることに気づけます。
純資産は、自分の中に残る力
純資産は、自分自身が持っている土台です。資格やスキルだけではありません。知識、体力、性格、経験、考え方、習慣、人に対する姿勢も含まれます。
たとえば、難しいことがあっても考え続ける力。人の話を丁寧に聞く力。新しいことを学ぶ力。体調を整える力。約束を守る力。こうしたものは、短期的にはお金にならないかもしれませんが、長い目で見ると人生を支える大きな純資産になります。
キャリアデザインで大切なのは、職業名だけを決めることではありません。自分の中にどのような純資産を増やしていくかを考えることです。
社会に出る前の学生であれば、まだ仕事の経験は少ないかもしれません。それでも、学ぶ姿勢、人との関わり方、興味のある分野、続けてきたこと、苦手だけれど向き合っていることなどは、すでに純資産の一部です。社会人であれば、仕事で身につけてきた経験や、自分なりの判断軸も純資産になります。
自分の純資産を書き出すことは、自信を持つためだけではありません。これから何を増やしたいのか、何を磨きたいのかを考えるためでもあります。
バランスシートは、大きければよいとは限らない
会社であれば、資産が増えることは成長の一つの指標になります。しかし、人生のバランスシートは、単に大きくすればよいというものではありません。
たくさんの仕事を抱え、収入も増え、人脈も広がっている。表面的には資産が増えているように見えるかもしれません。しかし、そのために心の平穏や健康、家族との時間を失っているとしたら、本当に幸せのバランスシートが良くなっているとは言い切れません。
反対に、人生の時期によっては、あえて小さく整えることもあります。仕事を減らして学び直す。収入よりも時間を優先する。新しい挑戦のために一時的に不安定になる。こうした選択も、本人が納得していれば健全なバランスシートになり得ます。
大切なのは、バランスシートの大きさではなく、形です。自分にとって大事な幸せが資産として置かれているか。人から借りている力に感謝し、関係を大切にできているか。自分自身の純資産を少しずつ増やせているか。
不安定な時期が悪いわけではありません。問題は、自分でその状態を分かっていないことです。見えていない不安定さは不安になりますが、意図して選んでいる不安定さは、次の成長につながることもあります。
制約条件は、誰にとっても一日24時間
幸せのバランスシートを考えるうえで、避けて通れない制約があります。それは、一日が24時間であるということです。
お金は増やすことができるかもしれません。知識やスキルも増やせます。人とのつながりも広げられます。しかし、時間だけは誰にとっても一日24時間です。
だから、幸せのバランスシートは、時間の使い方と切り離して考えることはできません。何を大切にしたいのか。誰と過ごしたいのか。何にエネルギーを使いたいのか。どの不安に備えたいのか。
資産として「家族との時間」を置くなら、そのための時間配分が必要です。資産として「成長」を置くなら、学ぶ時間が必要です。資産として「心の平穏」を置くなら、休む時間や余白も必要です。
幸せを考えることは、きれいな言葉を並べることではありません。限られた24時間を、何に使うのかを選ぶことでもあります。
現在のバランスシートと、将来なりたいバランスシートを書く
幸せのバランスシートは、頭の中で考えるだけではなく、実際に書いてみると分かりやすくなります。
まずは、現在のバランスシートを書きます。自分にとっての資産は何か。自分を支えてくれている人や関係性は何か。自分の中にある純資産は何か。できるだけ具体的に書き出します。
次に、将来なりたいバランスシートを書きます。これから増やしたい資産は何か。大切にしたい関係性は何か。身につけたい純資産は何か。反対に、手放したいものや、軽くしたい負担は何か。
現在となりたい姿を並べてみると、差が見えてきます。その差が、これからの行動のヒントになります。
たとえば、「人とのつながり」を大切にしたいのに、実際には仕事だけに時間を使っているかもしれません。「自立」を大切にしたいのに、判断をいつも他人に委ねているかもしれません。「成長」を大切にしたいのに、学ぶ時間を取れていないかもしれません。
見える化すると、自分を責めるためではなく、調整するための材料になります。

キャリアを考えることは、幸せの形を考えること
就職や転職、独立、働き方の選択は、単に職業を選ぶことではありません。自分の幸せのバランスシートをどう組み替えるかという意思決定でもあります。
収入が増える仕事を選ぶこともあります。人とのつながりを重視する仕事を選ぶこともあります。自由度を大切にする働き方を選ぶこともあります。安定を重視する選択もあります。どれが正解というより、自分のバランスシートに合っているかどうかが大切です。
若い人ほど、仕事を会社名や職種だけで考えがちです。しかし、本当に考えるべきなのは、その仕事を通じて、どのような資産を得たいのか、どのような純資産を育てたいのか、どのような人との関係性の中で生きたいのかです。
社会人にとっても同じです。今の仕事を続けるのか、変えるのか。新しい挑戦をするのか、足元を整えるのか。その判断も、自分の幸せのバランスシートから考えると、少し見え方が変わります。
幸せを点数で決める必要はありません。けれども、曖昧なままにせず、一度見える形にしてみることには大きな意味があります。
自分の幸せを、言葉にしてみる
幸せのバランスシートは、怪しげな自己啓発のためのものではありません。自分の人生を、少し冷静に、少し具体的に見つめるための道具です。
自分にとっての資産は何か。誰から力を借りているのか。自分の中にどんな純資産があるのか。これから何を増やし、何を整えたいのか。
それを書き出してみると、自分が大切にしたいことが見えてきます。見えてくると、日々の選択も少し変わります。
大きな夢や立派な目標がなくても構いません。まずは、今の自分にとっての幸せを一つずつ言葉にしてみることです。
人生のバランスシートは、誰かに評価してもらうためのものではありません。自分が納得して生きるために、自分で整えていくものです。
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