「ワークライフバランス」という言葉が嫌いです

仕事と生活を切り離さず人生の一部として考えるイメージ

嫌いなのは、仕事と生活を敵対させる感じ

「ワークライフバランス」という言葉があります。もちろん、長時間労働をなくすこと、家族や健康の時間を大切にすること、仕事だけで人生をすり減らさないことは、とても大切です。その意味で、ワークライフバランスという考え方そのものを否定したいわけではありません。

ただ、私はこの言葉の使われ方に、以前から少し違和感があります。仕事と生活を天秤の両側に置き、仕事を減らせば生活が増え、仕事を増やせば生活が減る。そんな対立関係として語られると、どうもしっくりこないのです。

仕事は本来、人生の外側にあるものではありません。生活費を得るために必要な活動であると同時に、人と関わり、何かをつくり、誰かの役に立ち、自分の力を使う時間でもあります。成人してからの多くの時間を仕事に使うことを考えれば、仕事がただ我慢するだけの時間であってよいはずがありません。

言葉が生まれた背景も、少し確認しておく

ワーク・ライフ・バランス(Work-Life Balance)という言葉は、世界的には1970年代後半の英国で使われ始め、北米では1980年代後半に広まったとされています。日本では、2006年に厚生労働省の「男性も育児参加できるワーク・ライフ・バランス企業へ」という提言で、仕事上の責任を果たしながら、仕事以外の生活でやりたいことや、やらなければならないことにも取り組める状態として整理されました。さらに2007年12月には、政労使の合意により「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」と行動指針が策定され、社会全体で取り組むテーマとして位置づけられました。

この流れを考えると、ワーク・ライフ・バランスという言葉には大切な意味があります。長時間労働を抑えること、年次有給休暇を取りやすくすること、育児や介護、地域生活、健康を大切にすること。制度や労務管理の言葉としては、今でも必要な考え方です。

一方で、ワーク・アズ・ライフ(Work as Life)は、比較的新しい言葉です。一般には、落合陽一氏が2017年の著書『超AI時代の生存戦略』などで語った考え方として知られています。仕事と生活をはっきり切り分けるのではなく、人生全体の中で価値を生み出していくという発想です。なお、私が確認できる範囲では、これは厚生労働省などの公的資料で使われる制度用語ではありません。

だから私は、ワーク・ライフ・バランスという制度上の考え方を否定したいわけではありません。ただ、経営や仕事設計を考える時には、仕事と生活を天秤の両側に置くよりも、仕事も人生の一部としてどう位置づけるかを考える方が、今の時代にはしっくりくるのです。

仕事は、人生から切り離すものなのか

ワークライフバランスという言葉がしっくりこない理由は、「仕事」と「生活」を別々のものとして分けすぎているように感じるからです。仕事は仕事、生活は生活。オンはオン、オフはオフ。そう割り切ることで楽になる場面もあります。

しかし、現実には仕事で得た経験は生活にも影響します。生活で大切にしている価値観は仕事の選び方にも影響します。家族との時間、健康、学び、人とのつながり、収入、成長実感。これらは別々に存在しているのではなく、互いに関係し合っています。

以前から私は、仕事やキャリアを考える時に、最終的には「幸せ」をどう考えるかに行き着くと思っています。幸せのバランスシートという考え方も同じです。仕事だけを大きくしても、心身の余裕や人との関係が崩れれば、人生全体のバランスは悪くなります。逆に、仕事をただ小さくすれば幸せになるとも限りません。

大事なのは、仕事と生活を奪い合うものとして見るのではなく、人生全体の中でどうつなげるかだと思います。

仕事と生活を天秤で分けず人生の中で考える図

「ワーク・アズ・ライフ」という考え方

私には、「ワークライフバランス」よりも「ワーク・アズ・ライフ」という言葉の方がしっくりきます。仕事を人生と同じものにして、24時間働き続けるという意味ではありません。むしろ逆です。仕事も人生の一部だからこそ、無理をし続ける働き方では続かない、という考え方です。

仕事を生活費を稼ぐためだけの労働と考えると、仕事時間はできるだけ減らしたいものになります。もちろん、収入は大切です。生活のために働くという現実もあります。しかし、それだけでは、仕事の時間は「失われる時間」になってしまいます。

そうではなく、自分の得意、関心、役割、誰かへの貢献が仕事の中に少しでも入っていると、仕事は単なる我慢ではなくなります。毎日が楽しいばかりではありません。面倒なことも、しんどいこともあります。それでも、「常時我慢して続けるもの」ではない状態に近づけることはできるはずです。

「やりがいが大事」だけでは足りない

以前は、仕事ではやりがいが大事だと強く考えていました。今でも、やりがいは大切だと思っています。ただ、最近は「やりがいがあればよい」と言い切るのも少し違うと感じています。

やりがいだけで、低すぎる収入や過度な負担を正当化してはいけません。好きな仕事であっても、睡眠が取れない、家族との時間がなくなる、健康を壊す、将来への不安が消えない。そういう状態であれば、仕事は人生を支えるものではなく、人生を削るものになります。

だから必要なのは、やりがいか収入か、仕事か生活か、という二択ではありません。収入、時間、健康、人間関係、成長、貢献。これらをどう組み合わせるかです。仕事も経営も、結局はそのバランスをどう設計するかという意思決定なのだと思います。

経営から見ると、仕事を嫌なものにしないことは生産性の問題

この話は、個人の働き方だけではありません。経営や組織運営にも関係します。従業員のモチベーションは、単に「やる気を出しなさい」と言って高まるものではありません。

人は、自分の得意が活きている時、自分の役割が分かっている時、自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられる時に、前向きに動きやすくなります。反対に、何のためにやっているのか分からない仕事、得意と合わない仕事、工夫しても評価されない仕事ばかりになると、気持ちは下がります。

仕事を嫌なものにしないことは、福利厚生の話だけではありません。生産性の問題です。人が前向きに動ける仕事設計になっているか。ムダな作業に時間を取られていないか。得意な人に得意な仕事が渡っているか。成果や貢献が見えるようになっているか。こうしたことは、会社の力に直結します。

小さな会社ほど、働き方は経営戦略になる

大企業であれば、制度や部署で働き方を整えることができます。しかし、小さな会社では、一人ひとりの状態がそのまま会社の状態に影響します。誰か一人が疲れ切っているだけで、現場が止まることもあります。逆に、一人が得意を活かして動き出すだけで、会社全体が前に進むこともあります。

だから小さな会社ほど、働き方は経営戦略です。単に休日を増やす、残業を減らすという話だけではありません。どの仕事を残し、どの仕事を減らすのか。何をシステム化するのか。誰にどの役割を任せるのか。どの仕事を会社の強みにしていくのか。そこまで含めて考える必要があります。

補助金や事業計画の支援をしていても、最終的にはこの問題に行き着くことがあります。設備を入れる、ITを導入する、販路を広げる。それらは単なる投資ではなく、人が無理なく力を出せる状態をつくるための手段でもあります。

仕事は人生の敵ではない

ワークライフバランスという言葉を使う時、仕事を人生の敵のように扱ってしまうと、少しもったいないと思います。仕事はしんどいもの、生活は取り戻すもの。そう考えると、人生の大きな時間が最初からマイナスになってしまいます。

もちろん、休むことは大切です。家族や健康、自分の時間を守ることも大切です。ただ、それと同じくらい、仕事の時間をどう意味あるものにするかも大切です。

仕事と生活を分けて天秤にかけるのではなく、人生全体の中で、仕事をどのように位置づけるか。自分の得意をどう活かすか。会社として、人が前向きに動ける仕事をどう設計するか。

ワークライフバランスという言葉が嫌いだと言いながら、私が本当に言いたいのは、仕事も生活も、どちらも人生の一部として大切にしたいということです。仕事を人生から切り離すのではなく、人生の中でどう活かすか。その視点が、これからの働き方や経営には必要だと思います。

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