「何のために働くのか」 人生の目的とは?
私は大学の授業や研修で以前から、「何のために働くのか」と問いかけてきました。私の答えは、シンプルです。働く目的は、「幸せな人生を送るため」。
もちろん、人によって仕事に求めるものは違います。収入、成長、社会への貢献、自己実現、家族を守ること。どれも大切です。ただ、それらも最終的には、自分や周囲の人がより良く生きることにつながっているのではないでしょうか。
この考えは、単に「仕事よりプライベートを大切にしましょう」という話でもありません。仕事は人生のかなり大きな時間を占めます。だからこそ、仕事で不幸になり、その埋め合わせを休日にするのではなく、働く時間そのものも含めて、人生全体をより良いものにしていくことが大切だと考えています。
「ウェルビーイング」とは?
この考え方を整理するうえで、近年よく耳にするようになった言葉が「ウェルビーイング(well-being)」です。
日本語では「幸福」「幸せ」「良好な状態」などと訳されますが、単に「楽しい」「気分がいい」という感情だけを指す言葉ではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態を含む、より広い概念で、その背景としてよく引用されるのが、世界保健機関(WHO)の健康の定義です。WHO憲章では、健康を、単に病気でないことではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態として捉えています。
つまり、健康も幸せも、「病気でない」「困っていない」というマイナスがない状態だけでは足りません。身体が健やかで、心も良い状態にあり、人とのつながりや社会との関係も良い。こうした人生全体の状態を見るのが、ウェルビーイングという考え方です。
「幸せ」と「ウェルビーイング」は同じ?
厳密には、研究分野では「幸福(happiness)」と「ウェルビーイング」を区別して使うことがあります。幸福は主観的な感情や満足感を指すことが多く、ウェルビーイングは身体・心・社会との関係まで含む、より広い概念として扱われます。
一方、日本語では両者を厳密に分けず、「幸せ」「幸福」「良好な状態」を含めてウェルビーイングと表現する場面も多くあります。このコラムでも、「幸せ」を一時的な快楽ではなく、人生全体がより良い状態にあるという広い意味で使います。
働くこととウェルビーイングは、切り離せない
現代の生活では、働くことと人生を完全に切り離すことはできません。幸せになるために仕事を我慢するのでも、会社の成果のために社員の幸せを後回しにするのでもない。働く人が良い状態で働けることと、会社が成果を出すことは、必ずしも対立するものではありません。
幸せな社員は、創造性が3倍、生産性が27%高い
複数の先行研究では、ウェルビーイングな社員とそうでない社員を比較した結果として、次のような効果が指摘されています。
- 創造性:3倍
- 生産性:27%高い
- 昇進の機会:53%多い
- 仕事の満足度:46%高い
- 仕事への使命感:32%高い
- 働きぶり:31%向上
- 燃え尽きるリスク:25%低い
- 仕事を辞めたい気持ち:22.5%低い

ただし、これらは複数の研究をまとめて示した数字であり、「社員を幸せにすれば、どの会社でも必ず生産性が27%上がる」という意味ではありません。研究対象や測定方法も異なり、相関関係と因果関係を同じに扱うこともできません。
それでも、社員のウェルビーイングが高いことと、仕事の成果、満足度、定着などの間にプラスの関係が繰り返し報告されていることは重要です。「社員を幸せにすることは、会社にとって余計なコスト」という考え方とは、かなり違う景色が見えてきます。
社員の幸せは会社の業績にも関係する
社員個人の成果だけではありません。オックスフォード大学ウェルビーイング研究センターなどの研究では、米国の上場企業を対象に、社員の仕事満足度、目的意識、幸福感、ストレスなどのデータと企業業績との関係が分析されています。
その結果、社員のウェルビーイングが高い企業ほど、収益性や企業価値が高い傾向が確認されています。また、高い職場ウェルビーイングを持つ企業群の投資ポートフォリオが、市場の代表的な指標を上回ったという結果も報告されています。
この研究も、「ウェルビーイングを上げれば必ず株価が上がる」と因果関係を断定するものではありません。しかし、幸せな社員と強い会社が両立し得ることを示す、興味深い研究結果だと思います。
国も「ウェルビーイング経営」を企業の取組として評価
こうした考え方は、研究の世界だけにとどまりません。国も、従業員の健康を経営的な視点で考え、戦略的に取り組む「健康経営」を推進しています。
その代表的な制度が「健康経営優良法人認定制度」です。健康経営に取り組む法人のうち、特に優良な取組を行っている法人を顕彰する制度で、認定を受けること自体が目的ではなく、社員が健康で力を発揮できる環境づくりを経営につなげていくことが本来の考え方です。
実務上もメリットがあります。健康経営優良法人に認定されていることで、国の補助金申請時に加点等の優遇措置を受けられる場合があります。代表例として、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金、省力化投資補助金(一般型)、中小企業成長加速化補助金などがあります。
つまり国も、社員の健康や働きやすさへの取組を、単なる福利厚生ではなく、企業の生産性や持続的な成長につながる経営課題として見ていると言えます。なお、加点対象となる補助金や認定年度などの条件は公募回によって変わるため、申請時には必ず最新の公募要領を確認する必要があります。
社員の幸せと会社の利益は、どちらか一方ではない
経営では、ときどき「社員を大切にするのか、利益を優先するのか」という二者択一で語られます。私は、この問い自体が少し違うと思っています。
利益がなければ、会社は存続できません。給与も払えず、雇用も守れません。一方で、社員が疲弊し、仕事に意味を感じられず、次々に辞めていく会社が、長期的に強い会社になるのも難しいでしょう。
社員が心身ともに良い状態で、人とのつながりを持ち、仕事に意味を感じながら働ける。その結果として創造性や生産性が高まり、会社も成長する。そして会社の成長が、賃金や働く環境の改善として社員に還元される。目指したいのは、この循環です。
「会社が社員を幸せにする」という意味ではありません
ただし、ウェルビーイング経営という言葉を、「会社が社員を幸せにしてあげること」と捉えるのも違うと思います。
幸せは、人から与えてもらうだけのものではありません。仕事の選び方、働き方、人間関係、健康、家庭、趣味など、自分自身で考え、選択する部分も大きいものです。
会社にできるのは、社員が力を発揮しやすい仕事や環境を整えること。一方、社員自身も、自分は何を大切にし、どんな働き方をしたいのかを考える。会社と社員の双方が、自分たちのウェルビーイングに責任を持つことが大切だと考えています。
だから私は、働く目的を「幸せな人生を送るため」と考えます
学術研究が、「働く目的は幸せである」と一つの正解を証明しているわけではありません。ここは、研究結果と私自身の価値観を分けておく必要があります。
ただ、ウェルビーイングという概念が、身体・心・社会との関係を含む人生全体の良い状態を捉えていること。そして、働く人のウェルビーイングが、創造性、生産性、満足度、定着、さらには企業業績ともプラスの関係を持つ研究が積み重なっていること。これらは、私の考えを支える学術的な背景になっています。
人生を幸せにするために働く。そして、働くことそのものも人生の幸せの一部にする。会社にとっても、社員にとっても、その方が長く続く仕事のあり方ではないでしょうか。
参考資料・出典
- 武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング研究科 編『ウェルビーイング学入門』武蔵野大学出版会、2026年。
- World Health Organization, Constitution of the World Health Organization. WHO憲章は健康を身体的・精神的・社会的なwell-beingを含む状態として定義。
- Lyubomirsky, S., King, L., & Diener, E. (2005). The Benefits of Frequent Positive Affect: Does Happiness Lead to Success? Psychological Bulletin, 131(6), 803–855.
- Spreitzer, G. & Porath, C. (2012). Creating Sustainable Performance. Harvard Business Review, 90(1–2), 92–99.
- De Neve, J.-E., Kaats, M., & Ward, G. Workplace Wellbeing and Firm Performance, Wellbeing Research Centre, University of Oxford(初版2023年)。
- Krekel, C., Ward, G., & De Neve, J.-E. Employee Wellbeing, Productivity, and Firm Performance, Wellbeing Research Centre / CEP.
- WHO Constitution: https://www.who.int/about/governance/constitution
- Oxford Wellbeing Research Centre: https://wellbeing.hmc.ox.ac.uk/papers/2304-workplace-wellbeing-and-firm-performance/
- ACTION!健康経営(健康経営優良法人認定制度)「国の取り組み」:https://kenko-keiei.jp/shakai/
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