人間は相対的に物事を考える

人が周囲との比較で判断することを示す抽象イメージ

同じものでも、置かれ方で見え方は変わる

人は、自分では客観的に物事を見ているつもりでも、実際にはかなり相対的に判断しています。単独で見れば同じものでも、周囲に何があるか、何と比べるかによって、見え方や受け止め方は変わります。

分かりやすい例が、錯視の図です。中央に同じ大きさの黒い丸が二つあります。一方は大きな丸に囲まれ、もう一方は小さな丸に囲まれています。すると、多くの人は中央の黒い丸が違う大きさに見えます。しかし、実際には同じ大きさです。

これは、一般にエビングハウス錯視、またはティチェナーの円として知られているものです。人の知覚は、対象そのものだけでなく、周囲の情報にも影響を受けることを示しています。

「隣の芝生は青い」は、経営にも起きる

「隣の芝生は青い」という言葉があります。自分の状況だけを見れば悪くないのに、他人や他社と比べた瞬間に、急に足りないものばかりが見えてくる。これも、人間が相対的に物事を考える一例です。

これは、単なる気持ちの問題ではありません。仕事や経営の現場でも同じことが起きます。売上が伸びている会社を見ると、自社が遅れているように感じる。競合が新しい設備を入れると、自社もすぐに投資しなければならないように感じる。SNSで他社の華やかな発信を見ると、自社の取り組みが地味に見える。

もちろん、他社を見ることは大切です。市場を知る、競合を知る、顧客の選択肢を知ることは、経営判断に欠かせません。ただし、比較する相手や基準を間違えると、本来の自社の強みや、今やるべきことを見失ってしまいます。

価格も価値も、ほとんどは比較で判断される

マーケティングで特に重要なのは、顧客もまた相対的に判断しているということです。お客様は、商品やサービスを絶対的な価値だけで見ているわけではありません。多くの場合、他の商品、過去の経験、競合の価格、期待していた効果、支払う手間や時間と比べながら判断しています。

たとえば、同じ10万円の商品でも、何と比べるかで印象は変わります。単に10万円と聞けば高く感じるかもしれません。しかし、それによって年間100時間の作業時間が減る、ミスが減る、売上機会が増えると分かれば、見え方は変わります。逆に、価格が安くても、手間が増えたり、効果が不明確だったりすれば、選ばれにくくなります。

つまり、価値は商品単体ではなく、比較の中で伝わります。何と比べて安いのか。何と比べて便利なのか。何と比べて安心なのか。何と比べて成果が出やすいのか。この比較軸を設計することが、マーケティングではとても重要です。

「良い商品なのに売れない」は、比較軸が伝わっていないのかもしれない

中小企業の相談を受けていると、「商品には自信があるのに、なかなか伝わらない」という話がよくあります。その時に確認したいのは、商品の説明そのものだけではありません。お客様が何と比較して判断するのかが整理されているかどうかです。

品質の良さを伝えたいなら、どの品質と比べて良いのか。価格の妥当性を伝えたいなら、どのコストやリスクと比べて安いのか。サービスの丁寧さを伝えたいなら、どの不安を減らしているのか。比較対象が見えないまま「良いです」と言っても、相手には判断材料が不足します。

これは広告表現だけの問題ではありません。商品設計、価格設定、営業資料、ホームページ、補助金申請の事業計画にも関係します。自社の商品や取り組みが、どの課題に対して、どの選択肢よりも有効なのかを説明できると、相手は判断しやすくなります。

意思決定では、何と比べているのかを確認する

経営判断でも、比較は避けられません。今のまま続けるのか、新しい投資をするのか。人を採用するのか、システムを入れるのか。外注するのか、内製するのか。どの判断も、何かとの比較によって決まります。

ただし、ここで大切なのは、比較している相手を明確にすることです。理想の状態と比べているのか。競合と比べているのか。過去の自社と比べているのか。今選べる現実的な選択肢同士を比べているのか。それによって、結論は変わります。

たとえば、理想だけを基準にすると、今の取り組みはすべて不十分に見えます。競合だけを基準にすると、自社に合わない投資まで必要に見えます。過去だけを基準にすると、市場の変化に遅れることもあります。だからこそ、意思決定では「今、何と比べて判断しているのか」を一度確認することが必要です。

相対的に考えることは弱点ではなく、使い方の問題

人間が相対的に物事を考えること自体は、悪いことではありません。むしろ、比較があるから判断できます。高いか安いか、早いか遅いか、便利か不便か、今やるべきか後でよいか。こうした判断は、すべて比較の中で行われます。

問題は、無意識の比較に振り回されることです。周囲がやっているから自社もやる。他社が安いから自社も下げる。目立つ成功事例があるから同じことをする。こうした判断は、一見合理的に見えても、自社の目的や顧客との関係を見失う危険があります。

相対的に考える力を活かすには、比較軸を自分で選ぶことです。何を基準に判断するのか。誰の課題と比べるのか。どの選択肢と比べて優れているのか。どの時間軸で見るのか。比較軸を意識できれば、相対的な判断は経営の武器になります。

自社の軸を持つために、比較を整理する

「自分の軸で生きる」「自社の軸で経営する」と言うと、比較しないことのように聞こえるかもしれません。しかし、私はそうではないと思います。比較しないのではなく、比較に飲み込まれないことが大切です。

自社にとって大切な顧客は誰か。自社が提供できる価値は何か。競合と同じ土俵で戦うのか、別の比較軸をつくるのか。価格で比べられるのか、安心感で比べられるのか、時間短縮で比べられるのか。こうしたことを整理すると、無理に他社を追いかけなくてもよくなります。

人は相対的に物事を考えます。だからこそ、経営やマーケティングでは、相手が何と比べて判断しているのかを考える必要があります。そして、自社自身もまた、何と比べて意思決定しているのかを確認する必要があります。

比較に振り回されるのではなく、比較を設計する。そこに、仕事や経営を前に進めるための大切な視点があると考えています。

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